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2010年03月21日

「年収150万円でも海外旅行に行く一家!」

 というタイトルの記事が、先月の雑誌『ダイヤモンド ZAi 4月号』(いわゆる株雑誌)に掲載されている。
 これが何と、あのSF作家・北野勇作のご一家のことなんだな。
 「食費は一月約1万円」とか「パン耳一袋30円で昼食1週間分」とか「トイレは3人分まとめて流す」などなど、工夫すれば「ワーキングプア」なんてどこ吹く風、といった風情だ。しかもこれでパリ15泊40万円(年収の3割だ!)の旅まで出来てしまうのだから、大したものである。
 同種の企画があるようだったら、次はミステリ作家部門から殊能将之センセーに登場願いたい。

 奥様の森川弘子はこんな本も出している模様。いや、ご立派。

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2008年06月07日

「SIGHT」2008年7月号

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 前号に続き、斎藤美奈子センセーの「教科書が教えない国語」は掲載ナシ。
 気になるのは、前号の目次にはあった「今号はお休みさせていただきます」の文言すら今号では消えてしまったこと。連載終了ということなのか?

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2006年12月01日

「日本一怖い! ブック・オブ・ザ・イヤー2007」SIGHT編集部

B000KLO7V2SIGHT (サイト) 2007年 01月号 [雑誌]
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 スイマセン。記事タイトルはウソです。あんな名前の出版物は(単体では)存在しません。

 昨年、一昨年と雑誌『SIGHT』の別冊として出た『日本一怖い! ブック・オブ・ザ・イヤー』だが、今年は『SIGHT』本体に吸収されてしまった。
 『ブック・オブ・ザ・イヤー』に割り当てられたページ数は約50。昨年比1/3と大幅減量。
 高橋源一郎&斎藤美奈子(文芸・評論担当)の対談は相変わらずの冴え。『テヘランでロリータを読む』(アザール・ナフィーシー)を軸にして、二人が選んだ本のあらかたを串刺しにしてしまう構成が光る。でも、昨年版では計13冊が俎上に載せられたのに対し、今年は「大幅減量」の煽りを喰らって9冊のみ、というのはやはり寂しい。ムック単独で出すのは何かと厳しかったのかなあ。
 北上次郎&大森望(エンターテイメント担当)の担当は、まあ、いつもの調子。大森望が『イリアム』(ダン・シモンズ)攻略法を教えてくれているのが有難いかも。

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2006年03月04日

「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」コニー・ウィリス(ハヤカワSFマガジン2006年4月号)

 ご家庭で必要なクリスマスの準備ーー家の飾り付け、ショッピング、ディナー、クリスマスカードの発送等々ーーを全て執り行うベンチャー会社で働くリニーは、クリスマスを間近に控えて、てんてこ舞い。中でも一番の悩みのタネは、あれやこれやと難癖を付けてはクリスマスプランを何度も変更するパンドラ・フリーだ。そんな時、ミセス・シールズなる人物からの依頼が。

 「デス博士の島その他の物語」(ジーン・ウルフ)を読んでいたら、段々、気が遠くなってきたので、こちらに逃避。今回ばかりは、マジで、コニー・ウィリスのリーダビリティの高さに涙がこぼれそうになったので、記念カキコ(←死語かも)。
 オチが、読者の予想を裏切るかと見せかけて「やっぱりそうか」的なので、そこを「バレバレじゃん!」と捕らえるか、はたまた「予想を裏切ると見せかけた」部分を重視するかで、読後評価は大分違うかも。
 でも、まあ、オチをとやかく言うよりも、饒舌快活で愛らしいヒロインの描きっぷりと、古典文学から現代カルチャーを縦横無尽引用する「ウィリス節」とを堪能出来れば十分だよね。
 「航路」悪くないんだけど長過ぎだよねえ、という人には是非。って、読み終わった自分に勧めて何がしたいんだ、あたしゃ。
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2006年01月25日

「現代本格の行方」笠井潔(ミステリマガジン2006年3月号)

 「現代本格の行方」と題した誌上討論に対し、笠井潔が寄せた論説「『容疑者Xの献身』は難易度の低い本格である」を読む。

 多くのミステリ読者にとって興味の対象である問い「『容疑者Xの献身』(東野圭吾)は『本格』なのか?」に対する笠井の回答とそれに至る論理展開は明快である。笠井は「一〇九頁の時点で真相の八割以上を『論理』的に特定しえた」。「『論理』的に特定しえた」のだから、「容疑者Xの献身」は本格に他ならないーー。

 ここで留意する必要があるのは、いわゆる「現象学的推理」を適用して笠井は「真相の八割以上を」「特定しえた」ことである。「特定しえた」理由はこう記されている。

 二人のホームレスが見えてきたところで、犯人の石神は「いつもと同じ光景だ」と探偵役の湯川に告げる。作品の冒頭では三頁分もの文章を費やし、新大橋のホームレス三人のことが詳細に描写されていた。
 (中略)
 作品の冒頭では三人いたホームレスのうち、ひそかに『技師』と呼んでいた第三の男の姿が見えないというのに、石神は「いつもと同じ光景だ」という。


 この「理由」に対して、例えば、
 
 「(新大橋の近くには)ホームレスたちの住まいが、ずらりと並んでいる(太字、引用者)」(「容疑者X」4頁)という描写ある。「ずらりと」という単語からは、並んでいる「ホームレスたちの住まい」が2、3人分程度のものであるとは、あまり思えない。さて、多数の人間が住んでいるにも関わらず、「一ヶ月間」(同109頁)に渡って、常に決まった人数を見掛けるということはあり得るだろうか? あり得なくはない。が、いくら彼らが「時計のように正確に生きている」(同109頁)としても、何らかの狂いが生じることだって十分あり得る。どちらであるかを断言することは不可能であり、後者の可能性を考慮して、石神のいう「同じ」とは、「人数まできっちり同じ」という意味ではなく、もっと漠然とした意味で用いられた「同じ」だという考え方だって成り立つ。

 という反論が出来なくはない。
 再反論としては、「石神の性格上、そんな曖昧な意味で『同じ』という言い方をするとは思えない。彼の『同じ』とは、厳密な意味での『同じ』を意味する筈であり、実際の光景がそうでない以上、彼がウソをついていることに他ならない」などが考えられるかもしれない。
 では、「厳密な意味での『同じ』」ということならば、例えば『缶男』は毎日全く同じ缶を潰していなければならないが、それこそあり得ないことではないか、という再々反論も考えられなくはなく、議論は混迷を深めそうである。
 要は、石神が「いつもと同じ」と述べた事実を持って、「特定しえた『真相』」の正しさを完全に決定することは出来ない(勿論、『真相』が誤っていることも決定出来はしない)。これを打破するのが「直感」ーー即ち「現象学的推理」である。

 当然、笠井は、それを百も承知である。
 事実、論説中で彼のいう「論理」とは
 歴史的に蓄積されジャンル的に共有されている探偵小説的論理のことで、かならずしも数学的論理性を意味しない
 と論説中で定義されている。
 また、 
 人間の自由意思が介在する世界で数学的な論理必然性を期待することなど、原理的に不可能である
 とも述べられている。これらは、ミステリにおいて「現象学的推理」以外の推理が存在しえない(存在すると見える場合もあるかもしれないが、それはまやかしでしかない)ことを示唆している。
 「現象学的推理」以外の推理が存在しえないのであれば、「現象学的推理」が適用可能なミステリを「本格」と名付けるしかないではないか。笠井の述べている結論はこういうことであろう。
 
 ミステリ作家の評論においては、理論(=評論)と実践(=小説)とが整合的であることこそが、重要である。そして、整合的であれば、実践の伴わない評論、即ち評論家の評論よりも遙かに説得力がある。
 言わずもがなのことだが、「矢吹駆シリーズ」は、「現象学的推理」以外の推理が存在しえないという視点に立脚して書かれた「本格」である。今回の論説は「矢吹駆シリーズ」と矛盾を来さない、という点から鑑みて優れた評論である、というのが私の結論。

 余談だが、巽昌章がここで「矢吹駆シリーズ」に言及するのは必然的なことだった、ということも、この論説は示唆している。
posted by omsoc at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月23日

「本の雑誌」10月号の特集

 なぜか私の行く先々で置いておらず「一体、今月号は何があったんだ」と思わされたが、某巨大書店でやっと発見、とかいうことはさておき、特集は「がんばれ、翻訳ミステリー」。
 近年、売れ行きの芳しくない翻訳ミステリーを応援しようというこの企画。冒頭の「翻訳ミステリー編集者匿名座談会」で、「(翻訳ミステリーが売れなくなった理由の一因として)かなり読み慣れた人じゃないと良さがわからないような作品が(年末のベストランキングで)びっくりするくらい上位に入っている。(中略)やっぱり一般の読者にはシンドいなあっていう印象は正直ありますね」という発言がなされているはしから、続く「この十年の絶対おすすめ翻訳ミステリー・ベスト10」(霜月蒼・杉江松恋・千街晶之の三氏による)でぶちかまされる栄光の1位「ジョン・ランプリエールの辞書」、という辺りに病根の深さを垣間見た思いがした。
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2005年03月10日

「SIGHT」2005年春号

 「究極のマンガ200冊!」という特集のために買った。
 それはそれで面白かったんだが、それよりも何よりも、斎藤美奈子の連載「教科書が教えない国語」が面白い。今回は「ゆとり教育」をネタに、いつもの斎藤節が冴えまくりである。「SIGHT」でこんな連載をやっていることに今日まで気付かなかったとは、不覚。
 以前から、同誌上で連載の北上次郎と大森望の書評対談「読むのが怖い!」は気になっていたんだが、それだけのために買うのもちょっと、ってんで、うっちゃらかしていた。けど、斎藤美奈子も付いてくるんだったら、今度から毎号買ってもいいかも。
posted by omsoc at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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